名古屋地方裁判所 昭和43年(行ウ)61号 判決 1979年3月26日
原告 森土岐葭 外一七名
被告 江南市土地改良区
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一申立
(原告ら)
被告が、原告森土岐葭、同沢田一、同沢英撚糸株式会社、同古知野撚糸株式会社、同沢田正、同江沼孝四郎、同富田辰右衛門、同沢田光夫、同林幸夫に対して昭和四三年八月六日付で、同木村勲、同早川すみゑに対して昭和四五年二月二日付で、同江沼富、同江沼勇、同江沼丈夫に対して同年九月一一日付で、同後藤進に対して昭和四六年二月九日付で、同大森弘芳、同武田猛に対して同年五月一四日付で、同今枝一義の承継前原告今枝きみゑに対して同月一八日付で、それぞれなした別紙目録記載の各土地を被告の地区から除外しない旨の各処分は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
(被告)
一 本案前の申立てとして、
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
二 本案につき、
主文と同旨
の判決。
第二主張
(原告ら)
請求原因
一 被告は、昭和三一年一月一九日愛知県知事の認可により当初の名称・古知野土地改良区として設立された土地改良区である。
二 原告らは、被告の地区内(別紙目録符号アの土地は第一二工区内、AないしOの土地は第一九工区内、PないしTの土地は第一二工区内、UないしWの土地は第一九工区内、Xの土地は第一二工区内、Y、Z及びイの土地は第一八工区内)に別紙目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。なお、以下各土地につき個別に表示するときは、例えば「土地A」と略称する)をそれぞれ所有する被告の組合員である。
三 被告における土地改良事業の工事は、第一二工区については昭和四二年一一月以降、第一九工区については同年一二月以降、第一八工区については昭和四五年一一月以降、それぞれ着手された。
四1 本件各土地は、被告設立当時(昭和三一年一月)農用地(畑)であつたが、土地L及びイを除き、その後宅地転用手続を経て宅地に転用された。そして、原告らは右各土地上に建物を建築所有し、各土地を宅地として利用している。
2 土地L及びイは、未だ宅地転用手続を経ておらず、地目は「畑」となつているが、現状はそれぞれ同一所有者の隣接する宅地(前者については土地K、M、N、後者については地区外の二筆の宅地)と一体をなして建物の敷地として利用されている。
3 また、土地Gは、原告古知野撚糸株式会社の所有する土地の一部であるが、これを含む同原告の所有地には同原告の工場、事務所が被告設立以前から建てられており、一体として建物の敷地を構成している。土地Gを除くその余の土地(右工場、事務所用地の大半)は被告設立以前に宅地転用手続がなされていたため被告地区に編入されていないが、土地Gはたまたま転用手続が遅れていたにすぎないものである。
五 そこで、原告ら(土地イについては承継前の原告今枝きみゑ)は、土地改良法六六条に基づき、本件各土地を被告地区から除外するよう申し出たところ、被告は請求の趣旨に記載の各日付をもつて右原告らに本件各土地を被告地区から除外しない旨の処分(以下「本件各処分」という。)をし、その旨を通知してきた。原告今枝一義は、昭和五〇年六月四日今枝きみゑの死亡に因り同人の権利義務を相続承継した。
六 しかしながら、本件各処分は、次の事由により違法である。
1 本件各土地は、すでに非農用地として利用されているから土地改良事業の対象とはなし得ず、したがつてまた被告の事業によつて利益を受けないことも明らかである。
(一) 土地改良事業は、土地改良法一条からも明らかなように、本来農用地のみを対象とするものであり(ただ、農用地造成を目的とする事業(同法二条二項三号)及び区画整理に付帯して施行される農用地造成事業(同項二号)においてのみ非農用地をも対象となし得る。)、地区内の土地が農用地であることは農用地造成以外の土地改良事業の開始及び継続の要件である。
なお、同法三条一項三・四号は、農用地造成事業の場合にかぎり適用されるものであり、また、同法二条二項一・二号に規定する排水施設、通路その他の新設等の事業、区画整理事業も農用地を対象とするものであることは明らかである。
(二) ところで、本件各土地は、前述のとおり、地区除外申出前にすでに非農用地となつており、他方、被告の本件事業は農用地の造成を目的とするものではない。
なお、本訴提起後、被告は、その定款を変更し、事業目的に「農用地の造成」を追加しているが、もとより本件各土地を農用地に造成する目的をもつものではない。
(三)(1) したがつて、本件各土地はもはや被告の事業対象とはなし得ないものであり、それだけで当然に土地改良法六六条に基づき被告の地区から除外されるべきである。
(2) また、同条の「事業による利益」とは、事業目的と離れたなんらかの利益ではなく、事業目的たる農用地の効用増進という利益を意味すると解すべく、非農用地にはそのような利益はあり得ず、当然、「事業により利益を受けないことが明らか」であるから、非農用地である本件各土地は同条に基づき除外さるべきである。
2 本件各土地は、具体的にも被告の事業によりなんらの利益を受けないことが明らかである。
本件各土地は、いずれも従前から道路、排水などの施設に不便はなかつたのであつて、被告が指摘するような道路の拡幅・新設や排水設備・用水路の設置などによつて、本件各土地が具体的利益を受けるものではない(なお、土地アは、西側に市道があるほか、北側に従前から私道が存したから、もともと角地であつて道路上の不便はなかつた。)。かえつて、本件各土地は被告の事業によつて、減歩ないし金銭徴収や経費の負担を課せられ、不要な道路による騒音、排気ガスなどの自動車公害を受ける等、その事業によつて損害を蒙るのみである。
したがつて、本件各土地は被告の地区から除外されるべきである。
3 そもそも、道路の改良、排水設備の整備等の事業は、本来地方公共団体がその負担でなすべきものであつて、被告がこれを原告らの負担において行なうことは土地改良法の趣旨目的を逸脱するものであつて、被告がなし得るものではなく、したがつて違法な事業というべきであるから、かかる事業による「利益」の存在をもつて除外申出を拒むことはできず、本件各土地は除外さるべきである。
4 本件各土地と同様な状況にある他の非農用地の多くが被告設立の前後を通じて地区除外を受けているのであるから、本件各土地についてのみ除外しないのは平等原則に反し、著しく不公正な措置というべく、当然除外すべきである。
七 よつて、本件各処分は取消さるべきである。
(被告)
本案前の主張
一 原告らが取消しを求める対象は、行政事件訴訟法三条の「処分」に該らない。
土地改良法では、「地区」は定款の記載事項とされている(同法一六条一項二号)。従つて、同法六六条の「地区からの除外」即ち「地区変更」は、当然、定款の変更を必要とし、それによつて始めて法律上の効果を生ずるものである(このことは、同法三三条、六六条ないし七六条の規定からも明らかである。)。そうすれば、同法六六条に「地区から除かなければならない。」とあるのは、「地区変更のための定款変更手続きをとりなさい。」との訓示規定に過ぎないもので、除外申出に対する応答そのものによつて、申出人の権利義務関係、法的地位に影響を及ぼすものは存在しないのであるから、本件のように、被告が「除外しない。」旨の通知をしたとしても、それは「処分」に該らない。
なお、原告らの指摘する同法九条、四六条は、本件とは全く別異の事項についての不服申立規定である。
二 原告らは、訴権若しくは権利保護の利益を放棄している。
原告らは、本件各土地の宅地転用申請に際し、「何等土地改良に御迷惑を掛けることなく土地改良区の規定に従うことを誓約致します。」との覚書を提出している。これは、本件のような地区除外についての訴えを裁判所に提起しない、若しくはその権利保護の利益を放棄するとの意味を含むものであるから、この点においても本訴は不適法である。
請求原因に対する認否及び反論
一 請求原因一ないし三の事実は認める。同四1のうち、本件各土地が被告設立当時農用地(畑)であつたこと、土地G、I、L、イを除く各土地につき宅地転用手続を経たこと、土地L、イを除く各土地上には原告らが建物を建築所有していることは認めるが、その余の事実は否認する。本件各土地は宅地としての基幹施設を完備するものではない。同四2のうち、土地Lに関する事実及び土地イの地目が畑であり、これと同一所有者が地区外の二筆の土地を所有していることは認めるが、その余の事実は争う。同四3のうち、土地Gの所有関係及び同地上に建物が存在することは認めるが、その余の事実は不知ないし否認する。
同五の事実は認める。但し、被告の行為は「処分」には該らない。
二 同六のうち、本件各処分が違法であるとの主張は争う。同六1のうち、冒頭及び(一)の主張は争う。
土地改良法一条一項の規定は、同法の目的規定に過ぎず、土地改良事業の対象を農用地に限定する定義規定ではない。同法には現に農用地以外の土地を同事業の対象とすることを予定している規定も多いのである(例えば、同法三条一項、二項、四項、五条七項、六条、八条五項、五三条等)。
殊に、被告の地区のように大都市周辺で市街化傾向の強いところでは、農用地と非農用地との混在は避けがたく、非農用地を必ず除外していては土地改良事業の実施、継続は不可能であり、また、それは農用地・非農用地双方の利用関係を調整する見地からも好ましくない。施行に係る全地域をトータルに把握する区画整理等の換地計画を伴う土地改良事業においては、非農用地を含めて事業を行なうことが不可欠である。
また、土地改良事業が排水改良事業である場合には、宅地であつても事業による利益を受けることがあるから、その場合には当該宅地をも地区に含めることができるのである。
同六1(二)の事実は認める。本件事業の主たる目的は区画整理、排水路・道路の新設などである。
同六1(三)(1)、(2)の主張は争う。土地改良法六六条の「利益」を原告ら主張のように狭く解すべき根拠はない。非農用地についても事業による利益は存在し得るのである。例えば、排水事業の場合には、宅地転用された土地でも通常は受益が皆無とはならない。また、換地計画を伴う事業においては、その性質上、そもそも地区除外ということはあり得ないのである。
三 同六2の事実は否認する。
もともと、宅地は単独では存立し得ないものであり、基幹的施設すなわち道路や排水施設などがあつてはじめて宅地としての効用をもつのである。本件事業によつて本件各土地の隣接道路又は近傍道路が拡幅、新設、改良されること、排水路の設置により排水がよくなること、般若用水路が設置されて集水、排水されることなどにより、従来不充分であつた基幹的施設を具備させ、宅地としての効用を増加させるものであつて、結局本件各土地は本件事業による具体的利益を受ける(なお、土地アは、その北側に二・五メートル幅の道路が新設されるので角地となる。)。
しかも、土地改良法六六条の「利益」には、事業計画の存在そのものによる計画利益や、事業全体から間接的に受ける間接利益をも含まれるのである。
そして、特に同条が利益を受けないことの明白性を地区除外の要件としているのであるから、大団地の造成などの場合以外には、その要件を充足することはないものというべきである。
四 同六3の主張は争う。
地方公共団体による道路改良などの実施がすぐには期待できない場合に、住民がその必要から各自の公平な負担においてそれを行なうことは合理的かつ公平に適するものであつて、被告がかかる意味において区画整理等の事業を行なつたとしても何等違法でない。
同六4の主張は争う。
本件各土地と同様な他の土地につき被告がその地区から除外をしたことは否認する。
したがつて、本件各土地を除外すると、かえつて不平等になる。
同七、の主張は争う。
抗弁
二 除外申出権の放棄
土地改良区地区内の農地の転用許可申請に際しては、改良区の意見書を添付しなければならない(農地法施行規則六条二項四条二項)のであるが、原告らは、本件各土地の右許可申請に際し、被告に対し、前記のように、「何等土地改良に御迷惑を掛けることなく土地改良区の規定に従うことを誓約致します。」との覚書を提出している。これは土地改良法六六条に基づく地区除外の申出をしないとの趣旨を含むものである。
三 債権者の不同意
本件各土地の地区除外は当然に地区の減少をきたすものであるが、被告には区債や借入金があつて地区減少にはその債権者の同意を要する(土地改良法四一条)ところ、本件では債権者には同意を拒む正当事由もあり、同意を得る見込みがないから、被告は除外申出に応じられない。
(原告ら)
本案前の主張に対する反論
一 被告の本件行為は、行政庁の「処分」である。
土地改良法六六条は、土地改良区の地区内の土地がその事業により利益をうけないことが明らかとなつた場合において、その土地所有者に除外申出権を与え、反面、改良区に対しては除外義務を課したものであつて、この規定によつてなされる除外に関する行為は原告らの右権利に重大な影響を与える行政処分である。
右行為が「処分」であることは、同法九条、四六条からも明らかである。
二 原告らが被告主張のような覚書を被告に提出したことはない。
なお、被告主張の覚書の文言自体、訴権若しくは権利保護の利益を放棄したものとは到底いえない。
抗弁に対する認否
一 抗弁一のうち、意見書を添付しなければならないことは認めるが、その余は否認する。
被告主張の覚書は、いずれも原告らが知らぬうちに何者かにより印鑑を冒用して作成されたもので、その提出行為自体を否認するが、右文言の内容自体からも地区除外の申出をしない趣旨の、申出権を放棄したものとはいえない。
抗弁二の主張は争う。
二 前記の覚書が、土地が非農用地となりまた土地改良事業による利益を受けないことが明らかとなつても除外申出をしないとの約定を含むものであるとすれば、土地改良事業の対象を農用地とし、また受益地であることを要求している土地改良法の趣旨、目的に反する違法な約定というべきであつて、無効である。
第三証拠<省略>
理由
第一訴えの適否
一 「処分性」について
被告は、土地改良法六六条に基づく原告らの地区除外の申出に対し、「除外しない」旨の通知をしたことは行政事件訴訟法三条の「処分」に該らない、と主張する。
よつて検討するに、土地改良法六六条は「地区内にある土地が、その土地改良区の事業により利益を受けないことが明らかになつた場合において、その土地についての組合員の申出があるときは、その土地改良区は、その土地をその地区から除かなければならない。」と規定しているが、その法意は、土地改良区の地区に包摂される土地はもともと当該土地改良事業により利益を受ける土地に限定されるところから(同法一条、三条、五条、一一条、三六条等参照)、当該土地が当該土地改良事業により利益を受けないことが明らかになつた場合には、当該土地についての組合員に土地改良区に対する地区除外の申請権を付与し、土地改良区に対してはこれに応じて地区除外即ち地区の変更をなすべき義務を課したものと解するのが相当である。そして、地区除外の各申出が土地改良区によつて拒否されれば、当該組合員は当該事業による土地改良法上の法的拘束力から解放されなくなるのであるから、土地改良区のなす地区除外申出拒否行為は、申出人たる組合員の法律上の地位に影響を及ぼすものとして、抗告訴訟の対象たる処分に当たり、申出人はその違法を主張して取消しを求める法律上の利益を有するというべきである。
なお、同法四一条一項によれば、土地改良区に区債又は借入金がある場合にはその債権者の同意がなければ地区の縮少等をしてはならないこととされているが、同法六六条による地区除外の場合には、右条項の適用がないものと解すべきであり、除外された者がその土地につき有する当該事業に関する権利義務については、その者と土地改良区との間において必要な決済をすべきものである(同法四二条二項)。
二 訴権若しくは権利保護の利益放棄について
成立に争いのない乙第二五、二九ないし三一号証の各二、第三二号証の一及び二の各二、第三四ないし三九号証の各二、第四一号証の二、証人沢田英一の証言、被告代表者岩田紋右衛門本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、乙第七号証、第八号証の一・三、第九ないし第一三号証、第一四号証の一、第一五ないし第一八号証、第一九ないし第二二号証の各一、第二三、二四号証、第三二号証の一の四はいずれも真正に作成されたものと認められる。このようにして成立を認める右各乙号証と前掲成立に争いのない各乙号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告ら(但し、原告今枝きみゑを除く。)は昭和三二年一月から昭和四二年一一月頃までの間に、本件各土地(但し、土地イを除く。)について愛知県知事に宅地転用の許可申請をなし、その際、被告に対して「古知野(江南市)土地改良区申合せに対する覚書」と題する書面を提出していること、この覚書には、「右の土地今般地目変換致す事になりましたが右は昭和二十八年三月二十八日古知野土地改良区設立発起人会に於て決議せられた主旨に基づき該土地についても土地改良区設立同意署名調印しており土地改良区の計画に従い家屋の移転其他についても自費により何等土地改良にご迷惑を掛ける事なく土地改良区の規定にしたがう事を誓約致します。」との文言が記載されていることが認められるが、右の文言によつては、原告らが本件の如き訴訟について訴権若しくは権利保護の利益までも放棄する趣旨の意思表示をしたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
従つて、本件訴えが不適法であるとの被告の主張はいずれも採用できない。
第二本案
一 争いのない事実
請求原因一ないし三の事実、同四1のうち、本件各土地が被告設立の昭和三一年一月当時農用地(畑)であつたこと、土地G、I、L、イを除く各土地につき宅地転用手続を経たこと、土地L、イを除く各土地上には原告らが建物を建築所有していること、同四2のうち、土地Lに関する事実及び土地イの地目が畑であり、これと同一所有者が地区外の二筆の土地を所有していること、同四3のうち、土地Gの所有関係及び同地上に建物が存在すること、同五の事実、同六1(二)の事実については当事者間に争いがない。
二 本件各処分の適法性について
原告らは、本件各土地は現に宅地として利用されている非農用地であるから土地改良事業の対象とはなし得ないものであり、また、被告の事業によつて利益を受けないことが明らかであるから、いずれにせよ土地改良法六六条により、原告らの申出を容れて被告の地区から除外されるべきであり、これを拒否した本件各処分は違法である、と主張するので検討する。
1 まず、本件各土地が被告設立当時農用地(畑)であつたことは当事者間に争いがないのであるから、本件各土地が被告設立の際その地区に編入されたこと自体について違法の点はない。
ところで、土地改良法六六条は、地区内の土地が当該土地改良区の事業により利益を受けないことが明らかになつた場合に当該土地についての組合員に地区除外申請権を認めたものであつて、単に農用地が宅地に転化したことのみに基づいて地区除外申請権を認めたものではない。同法には、地区内に非農用地を編入することを許容する規定は存するが(同法三条一、二項、五条七項、七条四項、八条五項、五三条等)、地区内に宅地を編入することを禁止する規定はなく、地区内の土地が宅地であるがゆえにそのことのみに基づいて当該組合員に地区除外申請権を認める規定も存しないのである。
従つて、被告設立当時農用地であつた本件各土地がその後転用により宅地になつたとしても、原告らがそのことのみを理由に本件各土地の地区除外を申請することはできないものというべきである。
2 次に、土地改良区の事業による受益の有無について検討するに、一般的には事業施行の途中で地区内の農用地が宅地に転化すれば、そのことがひいては同法六六条の「事業により利益を受けないことが明らかになつた場合」に該当するに至る可能性のあることは否定できないところである。
而して、右受益の有無は、主として土地改良区の事業目的である事業の種類(工種)によつて判断すべきでである。例えば、農業用用水事業(同法二条二項一号)においては、農業用水を生活用水として利用することはその水質上不適当であるから、宅地にとつては当該事業による受益が通常は否定されるであろう。これに対し、農業用排水事業(同法二条二項一号)、農業用道路事業(同号)、区画整理事業(同項二号)などにおいては、宅地であつても、農業用排水施設に生活排水、雨水排水を流出することができ、農業用道路を生活交通に利用することができ、区画形質の変更によつて宅地の効用が増進するなど、当該事業による利益を享受することができる。この点につき、原告らは、同法六六条にいう「事業による利益」とは事業目的と離れたなんらかの利益ではなく、事業目的たる農用地の効用増進という利益のみを意味するもので、宅地(非農用地)にかかる利益はあり得ない、と主張するのであるが、同条にいう利益をそのように限定的に解すべき根拠はないし、地区内の宅地においても享受し得る生活排水、雨水排水、生活交通、区画形質の変更などによる利益は、土地改良区の事業によつて生ずるものではあるが、都市計画事業等によつて生ずる場合の利益と異ならない効用を有するのであるから、これをもつて同条にいう利益と言うに差支えないのである。よつて、原告らの右主張は採用できない。
成立に争いのない乙第一号証(定款)によれば、被告の本件土地改良事業は排水事業、区画整理、農道整備事業などを目的とするものであることが認められる。
そして、被告主張の如き写真であることに争いのない乙第四五号証の一ないし六、第五七号証の一ないし三、証人松田繁雄の証言とこれによつて成立の認められる乙第四四号証、地図部分の成立については争いがなく、その余の部分については証人田中勝明の証言によつて成立の認められる乙第四七、四八号証、地図部分の成立については争いがなく、その余の部分については証人藤田清願の証言によつて成立の認められる乙第五八号証、弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第四九、五〇号証、検証の結果(計六回)、証人橘川金義、同田中勝明、同藤田清頴、同安部勝市、同後藤秀明、同倉知常義、同沢田延明(第二回)、同尾関元親、同木村楠太郎の各証言、原告兼原告両会社代表者沢田一、被告代表者岩田紋右衛門各本人尋問の結果を総合すれば、本件各土地を包摂する本件土地改良地区一帯は、農地の中に宅地が混在化しつつある農業地帯であり、土地改良事業前には細い道路が迂余曲折していて通行が不便であり、また排水状態が悪いため降雨による冠水、滞水や生活排水の滞留をきたす地域であつたが、本件土地改良事業の施行に因り、道路の新設、拡幅が行なわれたので通行は便利となり、また、系統的な排水路、排水溝の新設、改修が行なわれたので排水状態が良くなり降雨による冠水、滞水や生活排水の滞留のおそれはなくなつたこと、本件各土地を個別的にみると、本件事業により原告森土岐葭の土地アについては北側道路の新設(従来後藤孝一所有地の一部をその借地人津田正義が個人的通路としていたのを公道としたもので、土地アは角地となる。)、原告沢田一の土地A、Bについては一筆隔てた東方において南北道路の拡幅、一筆隔てた南方における東西道路から南方に至る南北排水路の新設ないし改良、原告沢英撚糸株式会社の土地C、D、E、Fについては東側道路の拡幅、原告古知野撚糸株式会社の土地Gについては東側道路の拡幅、原告沢田正の土地Hについては西側道路の拡幅、原告江沼孝四郎の土地I、同江沼富の土地U、同江沼勇の土地V、同江沼丈夫の土地Wについては東側道路の拡幅と一筆隔てた南方において東西道路の拡幅及びこれに沿う排水路の新設、原告富田辰右衛門の土地Jについては数筆隔てた南西方において東西、南北道路の新設、原告沢田光夫の土地K、L、M、Nについては北側県道から北方に至る南北道路の新設、数筆隔てた東方において南北道路の新設及び一筆隔てた東方において南北排水路の新設、原告林幸夫の土地Oについてはいずれも一筆隔てた北方及び東方において、東西、南北道路の各新設(従来あつた北側及び東側の道路は廃止)、原告木村勲の土地P、Q、Rについては北側道路及び一筆隔てた東方において道路の各新設、北側道路に沿う排水溝及び北西側道路の西端側に沿う排水路の各新設並びに土地の区画改良、原告早川すみゑの土地S、Tについてはいずれも一筆隔てた北方及び南方において東西道路の各新設、北西側道路の西端側に沿う排水路の新設、原告後藤進の土地Xについては西南側道路の拡幅とこれに沿う側溝の新設、原告大森弘芳の土地Yについては西側県道から西方に至る東西道路の新設、原告武田猛の土地Zについては西側道路の拡幅とこれに沿う排水暗渠の新設並びに一筆隔てた南方において東西道路の新設、原告今枝一義の土地イについては三筆ほど東方において県道から北方に至る南北道路の新設、及び東側道路を二筆ほど北上した地点においてほぼ東西に通る道路の新設などが行なわれたこと、そのほか、本件各土地の近傍において道路の新設、拡幅、排水路、排水溝などの新設、改修が行なわれたこと、本件土地改良地区をほぼ東北から南西へ貫流する般若用排水路が本件事業によつて改修され、当該地区から出る排水の多くは被告の整備にかかる排水路、排水溝などを通じて般若用排水路に集排水され、はるか南方へ流下していること、が認められる。甲第三八号証及び原告兼原告両会社代表者沢田一本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲諸証拠に照らして採用し難い。
右認定の事実によれば、本件各土地は本件事業により生活排水、雨水排水、生活交通、区画形質の変更などによる利益を受けているものと認められるから、本件は土地改良法六六条の「事業により利益を受けないことが明らかになつた場合」には該当しないというべきである。
3 次に、原告らは、道路の改良、排水設備の整備等の事業は本来地方公共団体がその負担でなすべきものであつて、土地改良区がこれを行なうことは違法であるから、かかる違法な事業による利益の存在をもつて地区除外の申出を拒否することはできない、と主張する。しかしながら、土地改良区が農業改善等の目的を全く有しない純然たる都市的施設の改良整備等を目的とする事業を行なうことは違法というべきものであるが、前掲諸証拠によれば、被告の行なつている本件土地改良事業は、本来農業用道路、農業用排水施設等の改良整備などによる農業改善等を目的とするものであつて、その受益地のほとんどは農用地であり、同時に、地区内の一部の宅地にとつても右事業による利益を受けるものであることが認められるので、これを違法というのは当たらない。そして、右利益が同法六六条にいう利益に該当することは前記判示のとおりであるから、原告らの右主張も理由がない。
4 次に、原告らは、本件各土地と同様な状況にある非農用地の多くが被告設立の前後を通じて地区除外を受けているから、本件各処分は不平等不公正である、と主張する。
しかしながら、証人大森諄治の証言とこれによつて成立の認められる乙第三ないし第五号証、証人沢田延明の証言、被告代表者岩田紋右衛門本人尋問の結果によれば、被告地区第一二工区及び第一九工区においては昭和二八年八月三一日(被告設立認可申請時)を、第一八工区においては昭和三一年一月一九日(被告設立認可時)をそれぞれ基準日と定め、いずれも基準日前に宅地であつた土地(いわゆる旧宅地)は地区に編入せず、地区内の土地が基準日以降に地目変換によつて宅地(いわゆる新宅地)となつても地区から除外しない扱いとなつていることが認められる。そして、被告が右の定めに違背して恣意的、不合理な事務処理をしたことを認むべき証拠はない。
土地改良事業においては、その地区の範囲を確定するためこれに編入すべき土地の地目を判定すべき基準日を定めることが不可決であるから、基準日前に宅地であつた土地と基準日後に宅地となつた土地との間に取扱上差異が生ずるのは止むを得ないところである。
そうすれば、基準日当時農用地であつた本件各土地がその後宅地となつたとしても、そのことによつて直ちに地区から除外されないのは当然であつて、本件各処分が不平等不公正であるということはできない。
三 結語
以上の次第で、本件各処分が違法であるとする原告らの主張はすべて理由がなく、本件各処分は適法である。よつて、原告らの本訴請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決した。
(裁判官 藤井俊彦 浜崎浩一 山川悦男)
目録<省略>